ヌカちゃんの部屋

経済人

貯蓄増強運動を再構築しよう

(本稿は、時事通信社発行の「金融財政ビジネス」12月1日号「経済人」欄に掲載されたものです)

額賀 信[ちばぎん総合研究所顧問]

  わが国の戦後の貯蓄政策には大きな変遷があった。それは、日本銀行の中に事務局を置く「金融広報中央委員会」の名称の変遷によく表れている。同委員会は、わが国の貯蓄政策を推進する組織として、「貯蓄増強中央委員会」の名称の下、1952年に発足したが、その後88年には「貯蓄広報中央委員会」に、2001年には現在の金融広報中央委員会に名称を改めた。わが国の貯蓄政策は、同委員会の名称が示す通り、「貯蓄増強」→「貯蓄広報」→「金融広報」と変遷してきた。
  戦後の貯蓄増強運動が大きく転換したのは、80年代後半に内需主導の経済成長が目標とされるようになったからである。内需の中心を構成するのは消費だが、その比率がわが国で低いのは貯蓄過多に問題があるためだとして、わが国の貯蓄率の高さが国際的にも問題視されるようになった。また、海外経常余剰が拡大し、マクロ的にみても資金不足の時代ではなくなっていた。こうした環境の変化を背景に、貯蓄政策は、貯蓄の増強推進から、貯蓄に関する情報提供を中心とした広報活動へと大きく転換した。
  考え方の変遷を分かりやすく単純化すれば、貯蓄増強は「しっかり貯(た)めて将来に備えよう」という国民的運動だったが、貯蓄広報では「しっかり貯めて賢く使おう」という消費振興にも配慮した運動となり、現在の金融広報では、「賢く殖やして賢く使おう」という金融全般に関する情報発信・啓蒙(けいもう)活動が主体になったということである。
  しかし時代は今、改めて貯蓄増強を必要としている。マクロ的にみると、財政赤字拡大に伴い政府の資金不足が続いている。戦後の復興期は設備投資のファイナンスが課題だったが、遠からず財政赤字のファイナンスが問題になってくる。しかも急速な高齢化で、今後は貯蓄率がじりじり低下していく可能性が高い。わが国の輸出を支えてきた製造業の海外移転に弾みがついていることも勘案すると、海外経常余剰がいつまで安定的に維持できるのか不透明だ。こうした問題を視野に入れて、わが国経済の再構築の一環という大きな骨格の中で貯蓄政策を見直し、早めに貯蓄増強運動に取り組むべきなのである。
  ミクロ的にみても、家計にとって貯蓄の重要性が急速に増している。今、災害、疾病、失職といった家計をめぐるリスクが高まっているからだ。先の東日本大震災の例を持ち出すまでもなく、危急の際に生活を支えてくれるのは、貯蓄である。わが国の預金残高はなお伸び続けているが、預金主体が高齢者に偏っていることは、よく知られるようになった。若年層を中心に貯蓄の重要性を伝えることが大切だ。貯蓄は、社会のセーフティ・ネットワークの根幹を形成している。家計の安定性を高めるためにも、国策として、貯蓄増強を推進すべきである。
  貯蓄重視は消費を抑制し、デフレ的な停滞を長引かせるといった考え方がある。しかし、貯蓄増強から貯蓄広報へと政策転換したバブル期を振り返ってみると、結局大きく刺激されたのは投機的行動だったということを思い起こさなければならない。バブルが破裂してみると、今日に至るまで、消費は委縮したままである。所得が一定であれば、安定貯蓄こそが安定消費を生み出すと考えるべきだろう。貯蓄政策は、目先の景気動向というよりは長期的な視野で検討する必要がある。
  安定貯蓄は、一国経済の健全性にとっても、家計の健全性にとっても、不可欠の要素である。そしてまた貯蓄の精神は、自助・自立の精神と底流においてつながっている。その精神を失って経済の安定的発展はない。貯蓄を育てる運動が今こそ必要だ。

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