ヌカちゃんの部屋

経済人

TPPを考える視点

(本稿は、時事通信社発行の「金融財政ビジネス」1月5日号「経済人」欄に掲載されたものです)

額賀 信[ちばぎん総合研究所顧問]

  円高が続いている。円高の少なくとも一部は、わが国産業政策の結果として実現している。その自覚が必要だ。
  為替相場は、各国間の資本取引と経常取引によって決まってくる。中でも財・サービスの経常取引は、為替相場を中・長期的に規定する最も重要な要因だ。一般に国内で生産される財・サービスには、貿易財と非貿易財がある。為替相場に影響を与えるのは、交易の対象となり、従って異なる通貨の交換を伴う貿易財である。
  これに対し非貿易財には、本来的に交易の対象となりにくいサービスと、本来的には交易の対象となるにもかかわらず、行政的な規制により交易を制限された財・サービスとがある。交易を制限するのは、業界保護や制度維持といった政策的な観点からだが、ここではこれらを「政治的非貿易財」と呼ぼう。政治的非貿易財は、市場を開放しないことで業界の既得権益を守る役割を果たしている。問題は、そうした分野の生産性は概して低く、国際競争力が弱いことである。仮にこうした分野を開放すれば、わが国の経常黒字は縮小し、その分円高圧力は後退する。あるいは、円安方向への力が働くことになるだろう。
  戦後のわが国の円相場は、ニクソン・ショック以降基調的に円高傾向をたどってきた。わが国の製造業が国際競争力を高め、経常黒字を累積してきたことがその主因だが、それだけではなく、政治的非貿易財の分野を人為的につくり出し、国内市場を海外との競争から遮断してきたことも一因となっている。つまり、わが国の弱い分野では国際競争を制限し、強い部門でだけ国際競争するようにしてきたわけだから、本来のわが国全体の実力以上の円高になるのは当然だ。わが国の円相場は、いわば「下駄(げた)を履いた状態」になっている。それは、わが国自身の選択の結果として実現しているのである。
  目下、環太平洋連携協定(TPP)への参加問題が大きな論議を呼んでいるが、そこに欠けているのは、為替相場に対する視点である。
  TPP参加問題とは、要するに政治的非貿易財の開放問題だ。参加が実現すれば、円高是正の力が働いてくる。少なくとも、わが国の本当の実力に見合った円相場が形成されてくる。
  もちろん、円高は悪いことだけではない。日本経済の実力に見合った円高なら、それを受け入れる必要がある。しかし現在は、交易を制限している結果として実力以上に円高が進行、日本を支えてきた製造業は海外移転を進めており、国内の雇用機会はますます減少する。そのようにして経済の先細り懸念が一段と強まっている。諸外国から見ても、円高の一因を自らつくり出していながら、強引な介入でその円高是正を図ろうとするわが国の対応には不満が募るところだろう。
  大切なことは、今日のように経済がグローバル化し、かつわが国のように巨大な経済力を持つ国では、「いいとこ取り」はできないということだ。「円高は嫌だが、市場開放にも反対だ」というわけにはいかないのである。国内の弱い部門でもそれなりの国際競争を受け入れることによって、初めて国として整合的な為替相場が形成されることになる。それが、経済資源のシフトを適正化するのである。
  TPP参加問題については、参加によって発生する国内業界別あるいは業界内の利害得失をきちんと理解することはもちろん大切だが、ミクロの得失をいくら精緻に検証しても、それだけでは結論は得られない。為替相場をはじめとする価格体系のゆがみを直すという、マクロ的な視点こそが不可欠である。そうした視点からTPP参加問題を検討することが必要だ。

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