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寄稿記事
金融の国際協調体制は万全に【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】
(日本経済新聞 2025年5月23日号朝刊に掲載)
前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]
「トランプ関税」の各国協議は始まったが、先行きは不透明である。自由貿易体制が損なわれれば、長期的に世界経済の成長率は低下しかねない。中短期で気になるのは、実体経済の下振れが金融の不安定化を招き、負のスパイラルが生じるリスクだ。
国際通貨基金(IMF)は4月の国際金融安定性報告書で、金融安定性に関する潜在リスクが高まっていると評価した。その根拠として、①米国を中心とした株式・社債の価値評価の高さ②ノンバンクのレバレッジの高まりや借入先である銀行との連関の強まり③ソブリン債(公債)市場の混乱につながりうる公的債務の拡大――を挙げた。
日本については、日銀が4月の金融システムレポートで、金融システムは安定性を維持し、様々なストレスに対して耐えうると評価した。同時に、日本の金融部門が海外ノンバンクとの連関を高め、海外発のストレスの影響が及びやすくなっているリスクも指摘している。
これらは、貿易戦争で米国や世界の経済が大きく落ち込んだ場合、例えば米国企業の信用リスクの高まりなどに端を発して金融が不安定化し、そのショックが日本にも相応の規模で波及する可能性を示唆しているとも読める。トランプ米政権は金融の不安定化に注意している模様であり、現時点で過度な懸念は不要だが、発生時の損失が大きいテールリスクとして頭の片隅に入れておきたい。
金融ショックを和らげる政策手段としては、IMFも指摘するように、ノンバンクを含めた適切な規制監督や緊急時の流動性供給などが挙げられる。また、関税が経済に与える影響への対応で、世界的に財政支出が拡大しやすい状況にある。この点を踏まえると、ソブリンリスク(政府債務の信認危機)低減の観点から債務の持続可能性に対する信認確保も必要だろう。
金融面の事象は貿易に比べ他国への波及スピードが速い。このため、緊急時には情報交換を含めた金融当局の国際協力が不可欠だ。流動性の面では、世界金融危機時に中央銀行間で結ばれた「通貨スワップ取極」という協定が強力な効果を発揮しうる。
国際的に活動する米国以外の金融機関は、米ドルに対するアクセス手段が限られる。この協定は、ドル資金市場が混乱した場合、例えば日銀が米連邦準備銀行から円を見合いにドルを調達し、邦銀に一時的に融資するという、バックストップ機能を提供するものだ。米国からみれば、海外金融機関の円滑なドル調達につながり、結果として自国のドル資金市場が安定するメリットがある。
2020年にコロナ危機が発生した際には、日銀を含む主要6中銀間の「通貨スワップ取極」が迅速かつ大幅に強化され、企業活動の収縮による世界的なドル調達難が金融危機に発展することを未然に防いだ。
中銀間の協定は強固である。ただ、トランプ政権が関税交渉国を利するとみなし、発動に難色を示す不安もよぎる。貿易の国際協調は崩れているが、金融の国際協調は万全であることを期待したい。
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