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寄稿記事

2%物価目標はおおむね実現か【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2025年2月28日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 2024年10月の実質賃金上昇率は前年同月比でマイナス0.4%かプラス0.5%か。この明確な差は計算に用いるデータの違いによる。

 前者は毎月勤労統計調査での公表値で、名目賃金と帰属家賃を除く消費者物価を用いて算出した数値。後者は、共通事業所ベースの名目賃金と帰属家賃を含む消費者物価・総合を用いて筆者が計算したもの。両者の差の要因は賃金・物価で半々程度だ。

 賃金統計の調査サンプルは一定の頻度で入れ替えられる。結果として、公表された指標の振れは大きくなりやすい。このため、前年と共通の事業所で計算した名目賃金の伸びも参考として公表しており、その安定性から基調判断には有用だ。

 消費者物価は「総合」ないし「除く生鮮食品」でみることが一般的で、日銀の2%目標の対象も同様である。ただ、総合では帰属家賃が16%のウエートを持つ。帰属家賃は持ち家の所有により払わずに済む家賃で、民間家賃をもとに擬制的な支払いとして計上している。毎月勤労統計では、家計が直面する物価をみるには帰属家賃を除いた方が適切だと考え、実質賃金の計算に用いているとみられる。

 以上から得られる含意の第1は、統計は公表される数値に振り回されず幅を持ってみる必要があり、各種情報も活用した総合的な判断が必要ということ。

 第2は帰属家賃の扱いの難しさ。消費者物価の上昇率は過去3年、帰属家賃を含む総合指数が、含まない指数を0.5%程度下回る。多くの品目が3%を超えて上昇する一方、帰属家賃がなお0%近傍にとどまっているためだ。

 家賃は改定に年数を要することなどから他の品目に遅行する傾向が強く、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン氏は帰属家賃を含まない方が物価指数として良好とみる。加えて日本では、帰属家賃は誤差が大きく低めに出やすい可能性が指摘されてきた。米国とは異なり、持ち家の多くを占める戸建ての賃貸市場が小さいほか、老朽化に伴う賃料の下振れに対し劣化分を上乗せするなどの調整が、十分には行われていないためだ。

 持ち家もローン支払いなどによって生計費につながることから、概念的には消費者物価に帰属家賃が含まれることに問題はない。ただし、特に日本の場合は、帰属家賃の特性を理解して物価を点検する必要がある。

 帰属家賃の動きの鈍さを踏まえると、日銀が2%目標を追求した場合、家計が直面し実感する平均的な物価でみて、2%半ばの上昇が今後数年は持続する可能性が高い。だとすれば、金融正常化が後手に回る(behind the curve)かもしれない。

 消費者物価上昇率は帰属家賃を含むベースでも、既に3年にわたり2%を上回る。名目賃金上昇率は共通事業所でみて3%程度が定着しつつあり、1%程度とされる労働生産性の伸びを踏まえれば、2%インフレとほぼ整合的だ。

 外部環境の急変がない限り、金融政策運営上の2%目標はおおむね実現した、と言ってもよいように感じる。

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