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政策金利の到達点「1%以上」もある【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2024年4月12日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 日銀はマイナス金利を8年ぶりに解除し、長期金利操作の撤廃も決めた。「2%インフレ」の定着については曖昧さを残しているが、相応に確度が高まりつつあると判断したためだろう。

 今後の焦点は短期政策金利の行方となっている。エコノミストを含めた金融市場参加者は「向こう数年、上昇するとしても上限は0.5%」との見方が多く、中にはマイナス金利解除で終了との観測もある。さらに「普通の金融政策」からは程遠い大量の国債買い入れも影響し、長期金利の上昇も限られている。

 市場の低金利予想には、「当面、緩和的な金融環境が継続する」との日銀のハト派的な情報発信も影響している。ただし、今後の政策は経済・物価・金融情勢次第とも表明しており、利上げの行方はオープンだ。

 市場予想の基本的背景にある第1の要因は、2%インフレ定着が難しいとの見方だ。市場から読み取れる10年間の予想インフレ率は1%台前半。一方、日銀短観による企業の中長期予想インフレ率は2%強で、両者の乖離(かいり)はかつてないほど大きい。

 経済構造が大きく変化する状況では、価格や賃金を決める企業の肌感覚は大事だ。私も含めエコノミストは、過去のデータ分析にとらわれ構造変化の織り込みが遅れがち。春季労使交渉(春闘)の結果も、昨年から2年連続で予想を大きく上回った。

 今春闘はベースアップが3%以上で、1%の労働生産性上昇を踏まえれば2%インフレと整合的だ。基調的な物価上昇率がより高い確度で2%に収斂(しゅうれん)する素地が整いつつあるといえる。

 第2の要因は、過去30年近く政策金利の上限が0.5%だったことだ。0.5%超の金利は日本経済にとって未知の世界であり、日銀の植田和男総裁も「(急激に金利が上がれば)予期せぬ混乱が起きないとも限らない」と発言している。

 しかし、物価上昇率が過去とは大きく異なり、実質金利でみれば「現状ははっきりと金融緩和的な環境にある」ことは植田総裁も指摘している。今後、基調的な物価上昇率が確実に2%程度となれば、0.5%の名目金利でもかなり緩和的とみてよい。

 植田総裁は、経済や物価に大きな影響を与えない中立金利は「非常に役に立つ概念」とする一方、水準の特定は難しいともする。日銀の多角的レビュー作業の過程で示されたスタッフの推計に基づけば、2%インフレが定着した場合の名目中立金利は1〜2.5%程度だ。

 米連邦準備理事会(FRB)は、米国の名目中立金利を2.5〜3.0%程度と考えているようだ。しかし、今回の引き締め局面ではインフレの退治のため、中立金利の倍程度の5%台まで政策金利を連続的に引き上げた。

 日本では、米国のような大幅利上げが必要になるとは思えない。日銀も当面は慎重な姿勢を示すだろう。しかし、2%インフレの定着が確認されれば、1%以上まで政策金利が高まっていく可能性が十分にある点も、念頭に置いた方がよさそうだ。

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