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寄稿記事

「シン・財政政策」の合理性と課題【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2023年5月26日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 政府の経済財政諮問会議で有識者がマクロ経済運営に対して助言する「特別セッション」が注目を集めている。著名な経済学者やエコノミストが大きな環境変化の下での適切な経済政策のあり方を議論するなか、主要な論点となっているのが財政政策である。

 財政政策が経済運営で重視されるのは世界的な潮流でもある。イエレン米財務長官が提唱した「モダンサプライサイド経済学(MSSE)」は諮問会議でも度々取り上げられている。研究開発や人的資本形成に政府が優先的に支出し、民間投資の呼び水となって中長期の供給力を強化することに主眼を置く考え方だ。

 MSSEは小さな政府や減税、規制緩和で民間投資を喚起することを狙った従来の「サプライサイド経済学」とは一線を画す。供給を重視する点では、不況期の需要刺激を念頭においたケインズ経済学とも異なる。気候変動や所得格差など「市場の失敗」が明らかになっていることや、地政学的な不確実性に対処する経済安全保障の議論が高まっていることも背景にある。

 他方、財政政策が景気安定に積極的な役割を担うべきという考え方も、学界から提唱されている。代表は米マサチューセッツ工科大(MIT)のブランシャール名誉教授だ。過去数十年のマクロ経済運営では、財政政策は規律を重視し、金融政策が景気安定化で中心的な役割を担うべきとしていたが、修正を求める。

 金融から財政へとバランスが変化した背景には、新型コロナ禍の前から顕著だった世界的な金利低下がある。中長期の成長力やインフレなどに見合った「中立金利」が低下したことで、景気後退期における金融政策の余地が縮小し緩和の副作用が高まったことが、議論のきっかけである。

 米欧ではインフレ率の高まりに伴い中立金利が再び上昇している可能性はあるが、日本では潜在成長力やインフレ率が低いため、なお低位にとどまる。先行きで日銀が緩和策を修正してもしばらくは小幅にとどまるだろう。このため利下げ余地は小さく、深刻な景気後退の場合には財政政策に期待せざるを得ない。

 このように財政政策の役割に注目が集まることには一定の合理性があると認めた上で、幾つかの留意点を挙げておきたい。

 第一に短期的な景気安定のため、コロナ禍で大きく拡大した雇用調整助成金のような臨時の財政支出に頼り続けるかどうかだ。雇用流動化を前提としたリスキリングに重点を置く失業給付制度を構築する考え方もあり、政策の方向に関する議論が必要だ。

 第二に、政府関与で中長期の成長力を高めていくには、政府支出の実効性を確保する必要がある。諮問会議で民間議員が指摘するように、財政運営に現在の単年度主義ではなく多年度計画的な枠組みを設けることも大事な論点だ。

 第三にブランシャール氏も認めるように、政府債務が危険な水準に達するリスクにはやはり注意が必要だ。債務残高が極めて大きい日本は特に慎重なリスク管理が求められる。MSSEという看板のもと、財政支出が野放図に拡大するのは避けねばならない。

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