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寄稿記事

テーパリングと利上げは別物【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2021年10月8日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 欧州中央銀行(ECB)は9月、新型コロナウイルス対応の債券購入のペースダウンを決めた。ラガルド総裁が「(購入終了に向けた)テーパリングでない」と述べたのは、ハト派色を強調したかったのだろう。米連邦準備理事会(FRB)も年内にテーパリング(量的緩和の縮小)を始める方向を示唆した。

 一方、日本はテーパリングの議論とは無縁である。経済や物価の改善が緩やかなこともあるが、日銀が量ではなく長期金利(0%程度)をターゲットとしていることの影響が大きい。

 日銀は昨春のコロナ対応時に、国債について「イールドカーブ全体を低位で安定させる観点から、当面、上限を設けず、さらに積極的な買い入れを行う」と、金利ターゲット実現のための無制限買い入れを決定。その際、「債券市場の流動性が低下しているもとで、政府の緊急経済対策により国債発行が増加することの影響も踏まえ」と、不安定な市場への対応であるとし、危機時における財政の側面支援も暗示した。

 このことは市場が安定し国債発行も抑制されれば、国債買入額もおのずと減少することを意味する。事実、日銀が保有する長短国債残高の拡大ペース(前年差)は、2020年12月の54兆円をピークに、8月は5千億円まで縮小。上場投資信託(ETF)についてもコロナ対応で買入上限を年間12兆円まで増加させたが、株価上昇後には上限を維持しつつも買い入れを弾力化させ、最近ではほとんど購入していない。量に明確なターゲットを設けていれば、テーパリングとされる動きだ。

 実は米欧でもコロナショック時は、資金需要の急増などに伴う不安定な金融市場への対応に主眼があった。FRBが大規模な資産買い入れと流動性供給を決定した際、「金融市場の緊張に対応し、円滑な市場機能や資金の流れを支援」などと説明。その後「緩和的な金融環境を促進」との目的も加えているが、市場が安定を取り戻した今、コロナ対応の資産買い入れは役割を終えつつある。

 このため、その部分のテーパリングによる長期金利などへの影響は、基本的には限られたものになると考える。テーパリング後も大規模な資産残高は維持されそうなため市場への影響という点で主役となるのは政策金利の行方だ。

 利上げの時期やペースに関し、FRBやECBはしばらく慎重な姿勢を維持するとみている。物価の先行きが不透明な中で、日本が経験した低インフレ定着の回避を優先したいという考えが根強いようだ。新興国経済がなお脆弱なだけに、利上げした場合の影響と自国への跳ね返りも懸念材料だろう。

 ただ米欧の場合、長期的な経済・物価動向に比べ長短金利が極めて低い水準にあり、インフレ高進のリスクに加え、資産市場の過熱も気になるはずだ。FRB、ECB以外では英国などが早期利上げの可能性を示唆する。両中銀がハト派色を維持しつつも、インフレリスクなどに気持ち悪さを感じながら、市場にどうメッセージを出していくのか注目される。

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