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寄稿記事
気候変動と金融政策 日銀の立ち位置【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】
(日本経済新聞 2021年7月23日号朝刊に掲載)
前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]
日本銀行は気候変動対応を支援する新たな資金供給の仕組みについて、6月に導入を表明、先週の金融政策決定会合で骨子素案を決定した。併せて、金融システムや外貨資産運用の観点を含め、気候変動に関する日銀全体としての取り組み方針も公表した。
金融政策面での気候変動への対応について、主要中銀では、米連邦準備理事会(FRB)が慎重さを示す一方、欧州中央銀行(ECB)や英イングランド銀行(BOE)は早くから積極的な姿勢を表明した。ECBは1月に「気候変動センター」を設立、7月に決定した「金融政策の新たな戦略」は、インフレ目標の明確化などに加え、気候変動対応に関する行動計画も含む。BOEでは脱炭素への移行支援が使命に加えられた。
日銀は従来、気候変動問題について、金融機関経営への影響に注意を払う一方、金融政策面での対応は、3月の点検作業の際にも検討対象から外すなど、慎重であったように感じられた。今回の措置に踏み切ったのは、世界的なグリーン化や海外中銀の動きなど、国際的潮流の加速を強く意識したためだろう。
日銀とECBは、気候変動が長い目で見て物価安定に大きな影響を及ぼしうるとして、自らの責務遂行の観点から取り組みが必要とする点で共通する。黒田総裁は「中銀の立場から民間金融機関の対応を支援する」、ラガルド総裁も「我々はバスを運転していないが乗ってはいる」と、共に中銀は脇役としている。
ただし、具体的な措置はECBの方が踏み込んだ感がある。ECBは社債の買入基準に気候変動要素を組み入れるなどの方針を掲げ、グリーンボンド買入拡大の可能性を示した。ラガルド総裁は6月末の講演で「欧州が世界のグリーン資本市場をリードしていくことはコロナ後の経済成長にとって重要」と主張した。
日銀は民間金融機関が自らの判断に基づき取り組む気候変動対応の投融資をバックファイナンスする資金供給にとどめる。背景として、資源配分への影響をなるべく回避したいことや、グリーンボンドの分類が現時点では曖昧なことなど指摘。グリーンボンドの規模が欧州の数十兆円に比べ日本では1兆円程度にとどまることや、国民の熱意の違いも日銀の相対的な慎重さに影響していると考えられる。
中銀が気候変動といった政府の政策領域に踏み込むことに慎重であるべきとの考えは理解できる。中銀の使命に加えるとかグリーンQE(量的緩和)という表現までいくと違和感を覚える。日銀は巧みにバランスをとったようだ。
ただ、日本では低成長・低インフレが長期化するもとで金融緩和の追加効果は限られる。成長力強化による自然利子率の上昇は緩和効果を高める重要な経路であり、中銀が民間の取り組みを促す触媒機能を担えるはずだ。
グリーン化もイノベーションを喚起し得る分野であり、金融面ではグリーンボンド市場の育成も重要なテーマだろう。これまで金融政策で様々な先駆的取り組みを行ってきた日銀には、本分野を含め成長力強化を意識した触媒機能の更なる発揮を期待したい。
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