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物価・金融の安定、二分法は適切か【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2021年5月14日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 日本銀行は3月に実施した金融緩和の点検の結果、対応の一つとして、金融政策決定会合にプルーデンス政策を担う部局を年4回、新たに参加させ、金融システム動向についての報告を受けることとした。金融緩和の長期化が金融システムに及ぼす影響に関し、停滞・過熱双方のリスクに一層目配りしていくという意思表示だろう。

 過去数十年の主流派マクロ経済学やその影響を強く受けた米欧の中央銀行では、物価安定と金融システム安定を異なる目標と捉え、前者は金融政策、後者は金融規制監督の責務とする二分法の考えを示してきた。古くは「政策目標の数だけ手段が必要」とするティンバーゲンの定理に沿った考え方ともいえる。

 実際、2008年のリーマン危機を受けた米欧政策当局の対応は、バーゼルⅢにみられる国際金融規制の強化やマクロプルーデンスを担う組織の設立というもので、金融政策はあくまで物価安定を担うべきだという考えが、現在に至るまで基本的に維持されている。しかし、物事はそう単純でもない。

 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は18年8月の講演で、近年の不均衡が物価ではなく主に金融市場で表れた経験に基づき、物価は景気過熱の最適な指標ではないかもしれないと指摘した。20年8月に発表した新しい「長期目標と金融政策の戦略」では、話題となった平均インフレ目標の考え方だけでなく、金融システム不安定化リスクにも目配りして金融政策を運営する考え方も初めて示した。

 FRBの目標は物価安定と雇用最大化に変わりはなく、二分法的な考えも維持されている。ただ物価が上がりにくいニューエコノミーの中で、金融サイクルが大きな景気サイクルにつながりかねないリスクに、一種の保険を掛けた動きのように感じられる。

 二分法の是非への明確な答えはない。金融の不均衡抑制や金融システムの安定は、金融政策だけで実現できないことは事実であり、プルーデンス政策が重要な役割を担う。責任明確化の観点から、二分法的な考えは理解できる。他方、プルーデンス政策はシャドーバンク拡大にみられるように常に不完全で、金融政策が金融活動全般に大きな影響を及ぼすことも事実だ。私自身は後者をより重視する。

 金融安定に目配りすることの重要性について、金融政策の目的との関係で言えば、長い目でみた物価安定に資するためと整理できる。物価が上がりにくい経済構造の下では、闇雲に物価目標を追求すると、金融活動の行き過ぎが生じ、どこかでその反動によりデフレに陥りかねない。1990年代以降の日本では、バブル崩壊や金融危機のたびにインフレ期待が大きく低下するという経験を重ねてきた。金融緩和長期化による金融仲介機能の低下が、経済や物価の停滞につながる恐れにも注意が必要だ。

 今後、日銀が2%実現と金融安定のバランスをどのように変化させていくか、米欧で二分法の考えに明確な変化が生じるかは、今後の経済物価金融の展開次第である。強い関心をもって見守りたい。

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