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寄稿記事
金融政策、気になる「後手に回るリスク」【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】
(日本経済新聞 2026年1月9日号朝刊に掲載)
前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]
日銀は2025年12月に0.75%への利上げを決定し、過去30年の「壁」とされた0.5%を超えた。米トランプ政権の関税政策の影響がさほど深刻でないことが判明し、今年の春季労使交渉でも、昨年に近い賃上げが実現すると見られることが背景だ。
日銀の利上げペースについては、「遅い」「速い」という双方の意見がある。批判が極端に偏っていないとすれば、現時点で日銀の政策はおおむね世間の理解を得られていると考えてよいだろう。
ただ筆者は、後手に回る(behind the curve)リスクの方が気になる。経済・物価などからみて適切と考えられる金利より低い状態が長引くことで、結果的に金融緩和の歪(ひず)みが現れるリスクのことだ。
そう考える理由の一つは、日銀が政策運営で重視する消費者物価指数が、上がりにくいクセを持つ帰属家賃の存在などで、人々のインフレ実感より低く出やすいこと。全体の16%ものウエートを持つ帰属家賃は、持ち家の所有により払わずに済む家賃で、民間家賃を用いて擬制的な支払いとして計上しているが、上昇率はいまだ0%に近い。
二つ目は、日銀が「埋め合わせ(make up)戦略」を採っているようにみえることだ。これは、目標を下回るインフレが長く続いた場合、ある程度の間は目標を上回るインフレ率を容認した方が、インフレ期待が目標に収斂(しゅうれん)するうえで望ましいという戦略だ。「意図した後手戦略」とも呼べ、高市早苗首相が主張する「高圧経済」に通じるものがある。
これらは世界的に低インフレが続いた10年代に主要中銀で議論された。当時のイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が「高圧経済」の必要性を説き、後を継いだパウエル議長は20年の金融政策レビューで、正式に埋め合わせ戦略を採用した。
しかし、その後の米国は高インフレに悩み、パウエル氏も昨年夏、「埋め合わせ戦略は適切でなかった」と認めた。日本は米国と異なり長期間デフレが続いたため、埋め合わせ戦略は理論的に正当化されようが、高めのインフレが長引くと「意図した後手戦略」が「意図せざる後手」に変化するリスクも無視できず、実践的には容易ではない。
後手に回ることの歪みは、端的には消費者物価上昇率の加速として現れるが、人々が実感するインフレの高止まり、極端な円安、大都市圏の不動産高騰といった様々な形でも現れうる。その場合、最終的には景気を押し上げも押し下げもしない中立金利を上回る水準まで利上げせざるを得ず、経済、物価、資産価格などの大幅変動につながる。
当面は0.75%への利上げの負の影響を点検することとなるだろう。だが、物価上昇率は4年連続で日銀の2%目標や予測を超え、為替も購買力平価で見た相場から6割程度乖離(かいり)した円安が続いている。そうした環境のもとで、政策金利が日銀による中立水準の推計レンジ(1〜2.5%程度)を下回ることを踏まえれば、「意図せざる後手」リスクも同時に念頭に置いておきたい。
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