新聞等への
寄稿記事
金融システムの安定に潜む課題【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】
(日本経済新聞 2020年12月5日号朝刊に掲載)
前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]
新型コロナウイルス感染症の拡大が続くもとで、金融システムがどう展開していくかは、重要な論点のひとつだ。日銀は10月下旬に、包括的な分析結果を示す「金融システムレポート」を、コロナ発生後としては事実上初めて公表した。国際通貨基金(IMF)や米連邦準備理事会(FRB)なども10~11月に定例の報告書を公表している。
いずれの報告書もリーマン・ショック時と異なり、金融と実体経済の負のフィードバックループは回避され、金融が経済活動を下支えしていると分析している。先行きの金融システムは、感染拡大や景気などの状況に左右されるとはいえ、基本的には当面、総じて安定性を維持するとの評価だ。
日銀は主に3点を挙げた。第一にリーマン後の規制強化などにより、銀行が資本・流動性の面で相応に強いストレス耐性を備えている。第二に政府や日銀による資金繰り面での企業支援策などが大きな効果を発揮している。日銀はそうした支援策が2020年度の銀行や信用金庫の信用コスト率を半分以下に引き下げたとの試算を示している。第三に日本特有の事情だが、借り手である企業が財務基盤を強化していた。日本企業はリスクテークに総じて慎重であったが、結果としてコロナショック時には経営破綻を回避するという観点からプラスに作用した。
IMFや主要海外中銀でもおおむね共通して、第一の規制強化による銀行の財務基盤強化、第二の当局による企業支援策などの効果を金融システムの安定に寄与する重要な要素として指摘している。一方、見る角度を変えると、これらには中長期的な課題も浮かび上がる。
リーマン後の銀行規制強化は、結果的にアセットマネジメントなどノンバンクの肥大化という金融システムの潜在的なリスクを大きくした。実際、コロナショック初期にはMMF(マネー・マーケット・ファンド)やオープン型投信の解約に伴うドル資金枯渇という金融システムの不安定性を増大させかねない問題につながった。
金融経済が落ち着いたところで、銀行に偏りすぎた規制強化のあり方についての国際的な議論が必要だろう。その際、ノンバンクに対しても厳しい規制を課すという単純な発想ではなく、金融システム全体の安定のために、バランスのとれた規制はどうあるべきかという観点からの議論を期待したい。
企業金融支援は長期的には金融システムにとってリスクの蓄積になり得る。例えば米欧や新興国では、コロナ前から過大な企業債務が課題であったが、当局の支援で加速するリスクがある。また、産業や企業の業績格差拡大の方向性が見え始める中で、「とにかく誰でも救う」というスタンスの継続は、長い目でみた資源配分のゆがみや貸出債権の劣化につながる面もある。
感染が再び拡大する中で、短期サポートと長期リスクのトレードオフに対処しながら、いかにバランスよく企業を支援していくか、当局にとって難しいかじ取りが続きそうだ。
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