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寄稿記事

新型コロナ下での「MMT」考察【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2021年3月13日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 新型コロナウイルス禍において、世界的に極めて積極的な財政・金融政策がとられている。不可抗力である新型コロナによる経済への大きな打撃を踏まえると、国民生活を支える財政出動と、それを側面支援する金融緩和というポリシーミックスは必要不可欠な対応といえる。

 中央銀行の国債買い入れによって、急激な金利上昇を伴うことなく国債発行が可能となっていることを眺め、高水準の政府債務は大きな問題ではないとの見方が増えつつある。「日銀が買うから国債発行をためらうな」といった現代貨幣理論(MMT)的な考え方を支持する政治家が増えていると聞く。ある著名な財界人も「(政府と日銀を一体と考える)統合政府でみれば国債は減少し、財政健全化は進んでいる」と主張する。

 MMTは「政府はインフレになるまで国債発行を拡大し、中央銀行が購入し続ければよい」というのが基本的な考え方だ。

 私の認識は、物価上昇につながりうるとの点でマネタリーベースに着目したリフレ派の議論に比べまだマシな一方、インフレになれば財政緊縮や金融引き締めで対応すればよいといった単純な主張は非現実的というものだ。

 日本の消費税率引き上げや社会保障改革の経験からも分かるとおり、民主主義のもとではMMTによってインフレが訪れたからといって、増税や歳出削減を進めることは容易でない。金融政策については急速に引き締めに転じると、金融市場に大きなショックを与え、金融経済の安定を損なう。

 さらに、MMTに関連した2つの論点を指摘したい。

 第一に、そもそも財政政策の判断をインフレにひもづけることの是非だ。積極的なポリシーミックスにより、局所的に物価が上昇する可能性はあるが、グローバル化やデジタル化などにより、世界的に物価が上がりにくい経済構造が長く続きそうだ。

 そうであれば、インフレを政策の判断基準とした場合、積極財政が長引く結果、例えば非効率な公的部門が肥大化し、経済の活力が失われる可能性が十分ある。債務残高の拡大が国債格下げにつながり、企業の外貨調達が困難になるリスクもある。財政政策は多面的な議論が必要だ。

 第二に、日銀が国債を買ったからといって、政府の債務は消えないという点だ。統合政府でみれば分かるとおり、国債が日銀の債務に振り替わるにすぎない。日銀が国債を購入すると、その代金は民間銀行が日銀に保有する当座預金に振り込まれるためだ。

 現在はゼロ金利で無コストにみえるが、利上げ局面では、この当座預金に付ける金利も引き上げざるを得ない。そうでないと、民間銀行の収益が大幅に悪化し、金融システムが不安定になるためだ。当座預金の金利引き上げによる日銀の収益悪化は国庫納付金の減少を通じ、結局は政府の負担となる。

 極論は時として魅力的に聞こえるが、落とし穴もある。コロナ禍での積極財政は必要としても、同時に財政の持続可能性も意識し続けることが大事だ。

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