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寄稿記事

長年続いた安値競争に終止符を【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2022年1月14日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 資源や部品類などの価格が広範かつ大幅に上昇している。収束時期は不透明であり、エネルギー高については、脱炭素に向けた化石燃料への投資手控えなど長引く要因も影響していそうだ。米欧では川下段階の物価上昇が目立つ。直近の消費者物価(総合)の前年比上昇率は、米国が7%程度、ユーロ圏が5%程度。一方、日本では0.5%程度と低位にとどまる。

 米欧と日本の物価上昇率の違いには、経済の回復度合い、エネルギーのウエート、日本における官製的な通信料金の引き下げなど、様々な相違点が影響する。ただ根本的には、人々の「物価観」の違いによるものだ。

 米欧の企業は、サービスを含め当たり前のようにコスト高を販売価格に転嫁する。一方、日本の企業は、円安も加わりコスト上昇が大きいが、価格転嫁に消極的だ。日本では「サービス」という言葉が労働などの提供だけでなく「値引き」という意味も含むことがよく知られており、長期的なデフレの経験もあって値上げに踏み切りにくい。

 ただ、日本企業の価格設定にも変化の兆しがある。日銀短観の価格判断をみると、過去の同様の局面に比べ、コスト高を販売価格に転嫁する動きがやや目立つ。

 2021年12月調査における仕入れ価格はプラス43と大幅な資源高となった07~08年(最大でプラス57)を下回る一方で、販売価格はプラス10と同局面(最大でプラス4)を上回り、00年以降のピークを記録した。

 振り返ると07~08年には、中小企業を中心にコスト高を販売価格にさほど転嫁できず、賃金抑制で収益を確保しようとする動きが拡大した。

 このため消費者マインドは08年9月のリーマン危機に先行して07年後半から悪化、景気のもたつきにつながった。輸入インフレが国内インフレの加速につながるのは良くないが、転嫁を抑制し過ぎると国内デフレを招くことを示す事例であり、今の日本ではその回避が大事だ。

 今回、中小企業を含め価格転嫁が多少なりとも進んでいるのは、量の拡大を優先するという企業行動が新型コロナウイルス禍で手控えられていることがある。同時に、消費者の志向の変化も影響していそうだ。

 日銀の「生活意識に関するアンケート調査」によれば、値上げに対する抵抗感は根強いが、購入の際に特に重視することとして、コロナ前と比べ「価格の安さ」が低下。「安全・信頼」や「環境や社会に配慮」などが上昇している。

 企業としては、こうしたコロナ禍における消費者意識の変化も捉え、品質面での工夫などによりコストの適切な価格転嫁を実現し、長年続いた安値競争に終止符を打ちたい。景気回復や家計貯蓄の積み上がりが、ある程度の値上げを吸収するバッファーにもなりうると考えられる。

 適切な価格転嫁に加えて重要なのは、物価とともに賃金も緩やかに上昇し続けるという好循環が確立し、物価観の持続的な変化につながることだ。岸田政権による賃金上昇を後押しする施策にも期待したい。

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