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寄稿記事

早めの金融政策正常化も念頭に【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2023年8月25日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 日銀は7月の金融政策決定会合で、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の柔軟化を決定した。10年国債金利の誘導目標0%程度を維持した上で、その変動幅について従来の0.5%をめどとしつつも、1%程度まで上昇することを容認するというものだ。

 運用方針に関し変動幅のめどと上限が異なるなど多少の分かりにくさはあるが、長期金利の安定を図りつつ将来の物価上昇にも備えることが狙いで、建設的な曖昧さと言える。また、それまでの情報発信が丁寧に行われたため、市場が不意を突かれるほどでもなかった。

 今回の措置からは3つのバランス変化が浮かび上がる。

 第1に、YCCの効果と副作用に関するバランス変化だ。物価が上昇するもとで長期金利を狭いレンジに抑え込むと、実質金利の低下を通じて経済や物価を押し上げる効果が高まる一方、長期金利形成の歪(ゆが)みなどの副作用も拡大する。従来はプラス効果を強調していたが、双方のバランスをとる方向に変化したようにみえる。

 第2に、長期金利抑制におけるYCCから量的・質的金融緩和(QQE)へのバランス変化だ。量に重点をおくQQEは指し値オペ(固定金利での国債買入)を多用する厳格なYCCと異なるが、金利抑制という点ではYCC的な要素を持つ。日銀は2年前の「金融緩和の点検」で大量の国債保有により10年金利を1%程度押し下げるとした。

 現時点で日銀は、中期インフレを1%半ば強、潜在成長率を0%に近い水準とみる。これを前提とすると、経済・物価に対して中立な名目金利は1%半ば強となる。国債保有による1%程度の押し下げ効果を差し引くと、当面の10年金利はおおむね0.7〜0.8%以下に抑制可能で、1%の指し値オペは「念のため」と位置づける根拠だ。

 第3に、インフレ見通しに関するリスクバランスの変化だ。日銀の2025年度の見通しは1%半ば強にとどまるが、リスクバランスは従来の下振れから中立にシフトした。副作用が顕在化する前の予防的な政策修正につながった基本的背景には、こうした変化がある。

 YCC撤廃や短期金利引き上げなど将来の金融政策正常化の観点から最も重要なのはインフレ見通しとそのバランス変化だ。筆者は半年前の本コラムで1%インフレの定着は見えてきた一方、2%定着にはなお距離があるとの見方を示したが、その後の企業の賃上げや値上げ行動をみると距離が縮んできた感がある。

 2%インフレが実現すれば名目中立金利は上振れ、究極的にはQQEによる長期金利抑制の是非さえ論点となりうる。「大きな距離がある」とする日銀の発信には一理あるが、早めの正常化開始の可能性も念頭に置いておきたい。

 今回の措置は金利形成の自由度を増し、日銀が「支配」してきた債券市場に機能回復への準備運動を促す要素も持つ。市場が日銀の情報に左右されることは不可避としても自らの経済・物価に対する見方をイールドカーブにどう反映させるかが問われていく。

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