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寄稿記事
「逆内外価格差」を変革に生かせ【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】
(日本経済新聞 2024年1月26日号朝刊に掲載)
前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]
ここ数年、円安を主因として日本の物価や賃金が海外に比べ大幅に安くなった。輸入コスト高、割高な海外旅行、外国人労働者の確保の難しさなどから、「安いニッポン」とネガティブにも捉えられている。
円高が進行した1980年代半ばから90年代にかけては状況が逆だった。日本の物価が海外より大幅に高いという「内外価格差」が生まれ、是正を呼びかける主張が90年代後半まで続いた。翻って現在生じている現象は「逆内外価格差」と言えるだろう。
内外の価格は各通貨建ての商品価格と為替相場を用いて比較できる。分かりやすい例がビッグマックだ。英エコノミスト誌によれば、このハンバーガーの値段は2023年7月時点で日本の450円に対し米国は5.58ドルだった。ここに最近のドル円相場の1ドル=145円を適用すると、米国の円建て価格は809円と日本の1.8倍になる。他方、両国のビッグマックが同じ価格になる為替相場は1ドル=80円という計算になる。
この話を物価全体に広げ、2国間のモノやサービスの値段が等しくなる為替レートを「購買力平価」という。経済協力開発機構(OECD)が算出した平価は22年時点で1ドル=95円。現在の1ドル=145円だと米国の物価が5割も高い計算だ。
逆内外価格差を解消するには、日本のインフレ率が米国を継続的に上回るか、為替相場が平価の95円まで円高になる必要がある。
この点、低インフレが続いてきた日本の物価上昇率が米国を継続的に上回ることは想定し難く、為替相場が平価に収れんするルートの方がイメージしやすいだろう。しかし現段階で1ドル=100円を切る水準まで円高が進めば、日本の経済成長が損なわれ、再びゼロインフレに戻るリスクもある。急速な円高の回避につながる為替や金融政策の運営がなされるだろう。
以上を踏まえた留意点を2つ挙げておきたい。第1に、しばらくは円安修正が限定的で、かなりの逆内外価格差が維持されるとみた方がよい。輸入コストの高止まりなどが続くということだ。第2に、将来の円高にも耐えられる強じんな経済構造を築いておく必要がある。
90年代は購買力平価を下回る円高が続いても、日本の製造業が強かったために貿易収支の黒字が続いた。それが現在は円安でも貿易赤字が継続している。サービス収支も訪日客増加に伴う黒字分を、ソフトウエアやライセンス料などデジタル関連の赤字拡大が打ち消している。総じて日本の貿易財の競争力低下が目立っており、円安持続の一因となっている。
日本の経済構造を強くすれば、おのずと円安は修正され、逆内外価格差も是正されていく可能性が高い。そのためには逆内外価格差を生かすことも大事だ。円安に乗じた海外からの投資を事業構造の変革などに活用するとともに、訪日客が増えているうちに日本の魅力や観光産業の効率性を高める努力をしていきたい。さもなければ「安いニッポン」と低成長を甘受し続けざるを得ないだろう。
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