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インバウンドを社会変革の試金石に【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】

(日本経済新聞 2024年9月13日号朝刊に掲載)

前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]

 2024年前半のインバウンド(訪日外国人)は、年換算で3500万人、消費額8兆円程度と、コロナ禍前(19年)の約3200万人、5兆円をかなり上回るペースだ。政府は30年に6000万人、15兆円の目標を掲げるが、消費額は国内消費(除く帰属家賃)の約6%に当たる規模で成長エンジンとなりうる。

 インバウンド急増に伴い、一部でオーバーツーリズム問題が発生し、政府も対策パッケージを示している。不可欠な取り組みだが、より根本的な課題は、目標に掲げられた長期の需要拡大に向け、関連業界が供給力をどう拡大していくかだ。

 延べ宿泊者数を例にとると、24年前半は外国人客が25%を占める。30年のインバウンド目標を実現するには、日本人客が不変との前提で2割近く供給力を増やす必要がある。一方、日銀短観(全国企業短期経済観測調査)の雇用判断が示すとおり、関連業界の人手不足は全産業の中で最も深刻で、目標実現には相当の工夫が求められる。

 対応策の第1は名目生産性の向上。日本生産性本部の試算によると、宿泊・飲食サービスの時間当たり名目労働生産性は、19年で約2800円と産業全体(約4800円)に比べ極めて低い。効率化や需要の平準化といった数量面とともに、値上げや高付加価値化といった価格面の対応による名目生産性の向上余地も大きい。逆に言えば、生産性向上なくインバウンドを増やすことは、経済全体の生産性低下につながる。

 第2はそれとも関連するが、ニーズに応じたサービス・価格の多様化。日本人が押し出されることでもインバウンド目標自体は達成可能かもしれないが、それでは本末転倒だ。ただ、サービス・価格について、超高級を含め多様なニーズを持つインバウンドの増加は、同質なニーズを持ちがちな日本人の価値観を変化させながら、業界全体の活性化にもつながりうる。

 第3は他業界からの流入を含めた賃上げによる雇用増加。人手不足経済の中、容易ではないだろうが、需要があれば賃上げしてでも労働力を確保するメカニズムが作動することは重要だ。その前提として生産性向上が必要なことは言うまでもない。

 第4にインバウンド分散のための地方誘客。外国人宿泊者数を都道府県別にコロナ禍前と比べると、東京都などが大幅増の一方、4割程度が下回っている。地方分散で客数を増やす余地はある。その際、幅広い分野で課題があるとされる自治体間の連携が欠かせない。千葉県でも、成田空港に着いた外国人をいかに県内の観光資源に引き付けるかという点について、実現に向けた県内連携は不十分だ。

 これらはいずれも観光関連だけでなく、日本社会全体として十分に取り組めてこなかった課題でもある。国際紛争などからグローバル化が後戻りしているとされるが、日本の場合はインバウンドを通じてグローバル化の波が部分的に押し寄せ、国内課題の解決を迫っているともみえる。インバウンド目標の達成は必須ではないが、社会変革の試金石としたい。

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