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寄稿記事
「三重苦」を新たな経済発展の契機に【日本経済新聞[エコノミスト360°視点]】
(日本経済新聞 2025年8月1日号朝刊に掲載)
前田 栄治[ちばぎん総合研究所取締役社長]
日本経済が直面する課題は様々だ。最近では「人手不足」「物価高」「トランプ関税」の3つが注目を集めており、「三重苦」と言ってもよいだろう。これらの課題に対しては、マイナスの影響を和らげる対応が必要だが、プラスにつなげる発想も大事だ。
まず人手不足はここ数年、急速に事業活動の制約となってきている。民間調査機関によると、今年上半期の「人手不足倒産」件数は2年連続で過去最高となった。一方で、人手不足を契機に生産性向上に取り組む動きも広がっているようだ。
日銀の「地域経済報告」によれば、多くの地域企業が人手不足を構造的なものと捉え、人工知能(AI)をはじめとしたデジタル技術の活用、量拡大から質向上への転換などを積極化している。別の日銀調査は、デジタル技術の活用に積極的な企業ほど労働生産性の伸びが高い、生産性の低い企業から高い企業への労働移動が増えている、との分析結果を示す。生産性の低さや労働移動の少なさが課題とされた日本経済にとって、ポジティブな動きだ。
ここ数年の円安などを契機とした物価高も、国民生活の重荷と言っていいだろう。ただし、価格が動く世界になることで、価格・商品設定は多様化している。企業が量より質・価格で利益を生む構造となり始めていることは、前向きに捉えたい。
顧客のニーズは元来、多様なものである。ゼロインフレ時代には、価格が上下に硬直的で、コストカット・値下げ方向での企業努力が中心であった。現在は、多様な価格戦略を試みやすい環境で、創意工夫を凝らす余地が拡大している。また視点はやや異なるが、コメに代表されるような大幅な価格上昇は、非効率な制度の見直し議論に発展しうる面もある。
新技術を活用した生産性向上や価格設定の多様化は、個々の企業にとって従来以上の工夫を要するチャレンジングなものだ。だからこそダイナミズムを通じて経済全体の発展に資するとも言える。
米国との関税交渉は、日本を含め幾つかの国で合意に至り、不確実性の低下につながっている。しかし、米国の関税としては戦後最高水準だ。長期的にみてグローバル化の後退を通じ、世界経済の成長率が低下する可能性もある。中国だけでなく米国との関係も不確実性が高いことが明らかとなる中で、「アメリカ・プラスワン」の発想・取り組みにより、むしろ成長のきっかけにしたいところだ。
例えば東南アジア諸国連合(ASEAN)構成国は、米国の相互関税表明後、地域経済協力を深める旨を表明しているが、遅れがちな産業育成に向けた改革の機会にもなるだろう。日本も、国内産業の発展を意識した取り組みと並行して、欧州連合(EU)との連携強化のほか、ASEAN経済の高度化やサービス化に向けたサポートなどに一層注力することで、アジア地域とともに発展していく方向性も考えられる。ディフェンシブな関税対応が一段落すれば、大胆かつ柔軟な発想で課題克服を新たな経済発展につなげていきたい。
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